(31)聖徳太子の子孫の滅亡理由

質問者:ハイル禅師 徳が高いのに聖徳太子の子孫は 
なぜ滅びたのですか?

私:聖徳太子は門閥政治を防ぐために自分の子孫が
根絶やしになるような墓相にしたのです

聖徳太子は釈迦の前世記を存じており
釈迦が前世でトラに身を捧げた様に
自分も血族支配の門閥政治から脱却するために
優秀な自分の子孫が絶えるように仕向けました
これは厨子の中に描かれております

実を言うと聖徳太子は釈迦の転生なのであり だからこそ
仏教に力を入れたのです

聖徳太子の亡きあと蘇我入鹿が人望の厚い太子の息子
の山背大兄王に戦を仕掛けました
 
山背大兄王は勢力が大きく戦えば勝てたのだが
多くの血が流れることを防ぐために 
太子の血族二十人余りで自決したのです

山背大兄王も徳のある人物で太子の考えを良く理解して
いたようです
 
太子が豪族の門閥政治を防ぐために
「冠位十二階」制度をつくり 家柄に関係なく
有能な者を政治家や役人に取り立てようとしたことをです

当時は「和を以って尊子と為す」と言わねばならぬほど
門閥がひどく 太子は人望のある自分の子孫が権力を
独占することを阻み 息子もよく理解していたのです

太子は真に日本を思うあまり 子孫が絶えるようにしたのは 
天に誠を示す為でした
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淡路島渡島船中にて