(19)信仰の本質的な意味

質問者:ハイル禅師 信仰の本質的な意味とは 
何ですか?

私:誰しも我と執着を持っているが あらゆる「苦」とは 
これらによるのであり 信仰とは本質的には捨てる修行に
帰結するものであります

政治家が地位に執着した為に挂冠すべきところを 時を
逸して野垂れ死にしたり 実業家が金銭や利益に執着する
あまり 長期的には信用をなくし取引先での嫌忌を買い
不利益となることも多い

また男女関係に於いても 執着する方が嫌われるもので
あり 問題を起こすのも 我執が強いからである

以上の意味に於いても 信仰の主要目的は我と執着を
取ることであります 現世の布施にもそういう意味がある

人の死後 霊界に於ける最大の修行の眼目が
「執着」を取ることであり 執着が取れるに従い
霊層や地位が向上していくシステムでもあります

つまり徳行により利他愛の気持ちが強くなると
執着が弱まり 霊体が軽くなり 霊層が上がるのである 

また「生前」とは霊界から見た言葉であり
「霊界に誕生する前」と言う意味であります
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淡路島渡島船中にて