(45)霊的な器

質問者:ハイル禅師 宗教・思想・哲学等に
何か人生の指針を求めている人の多くは
自分が理解出きる範疇で当初に学んだ内容以外は
疎外感を持って忌避反応を見せますが
なぜなのでしょうか?

私:自己の思想哲学等を自分の心情や観念と結びつけて
主張する人は 好みの思想哲学以外の話は興味を示さず
忌避感を持つが 自分の霊的な器が小さいからであります

宗教も同様であり 儒教に凝る人は 
その範疇での話題しかできないし 
密教しか知らない人はそれが全てだからである

特に哲学や宗教の分野は前世に自在性を持って
様々な霊的職業に就いたスキルが無い素人は
現世で初めて自分が学んだ教えこそが絶対であり
自分が学んだ以外の話をする人は批判者であると
勘違いし 法難に遭った気がするようで 
逆に邪道であると忌避反応を起こす

私も多くの宗教者と会話をしてきたが 自在性を持って
幅広く偏頗なく学問を身につけた人は非常に少なかった

結論として宗教者や思想家 或いは哲学者でも前世から
様々に奥深く学問を学んできた「無形の徳」のある人物は
私の語録に興味が沸くし 素人上がりの人は忌避感を
持つ為 自然と霊格や霊層は峻別されているのである
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