(63)祈りとは「意乗り」

質問者:ハイル禅師 祈りとは神仏に対する
祈願の事でしょうか?

私:本来の祈りとは言霊で「意乗り」となり
自分の意を乗せる事で 神仏に対する
祈願とするのです

無心に自分の意志や想念を神の境地まで高めていくと
神の意に通じて願いが叶います 

なぜなら神の境地にまで愛と誠を持って高める事により
波長が同通するからであります

また祈りの進歩とは 神に意を乗せることから始まり
自分の意を神なる意にまで高めて乗せる事を指します

基本的に祈りを神の境地にまで高める方法とは 
自分個人の小さな利益を超えた利他の利益や
利他への幸福祈願を行うことです
 
そうする事によって 神が祈願者に注目するが
その後で 自分個人の小さな願い事も最後にする
わけです
 
これが神に祈りが通じる条件の一つとなる

昔から狩猟や戦地に向かう夫や息子の無事を
妻や母が神仏に頼り 熱心に祈っていた事が 
祈りの原点となります 

この場合も まず祈りは感謝から入ります

実際 祈ってもらった夫や息子には 
温かいオーラの光がまとい かなりきわどい 
窮地を脱する事が出来た人も多いのです
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淡路島渡島船中にて