(22)天然塩と粗塩の違い

質問者:ハイル禅師 雑霊などを祓うのは どんな塩でも
よいのでしょうか?

私:霊魂は自然エネルギー体であり モノの「気」に反応
するのです 食塩のように工場で人工的に精製された
塩には自然の「気」が凝結していない為 天然塩か粗塩を
使用しなければ 霊を祓う効果が無いと言えます

ただし天然塩や粗塩は食塩と違い ベタツキがありますが 
フライパンで軽く油を引かずに塩をあぶり それから自然
に冷まして白い和紙や半紙などに包み 小袋に入れます 
それをポケット等に入れて携帯して下さい

ポケットに入れて携帯した後は「雑霊よ 私から離れよ」
と念じます これで大方の浮遊霊などは離れて行きます

後は入浴時に粗塩を風呂に入れたり 肩や首などに
振りかけて下さい

また霊道と言うのは同じ場所に有るとも限らず場所を
選ばず突然開くこともあり 自分の部屋に霊道が出来た
と考えられる場合は鬼門(北東)から裏鬼門(南西)へ
向けて道が開く傾向がある為 その部屋の四隅に
盛り塩をした方が良いだろう
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(21)御布施の必要性

質問者:ハイル禅師 神社仏閣に居られる神仏はお金を
使わないのに なぜ御布施や御玉串が必要なのですか?

私:寺院や神社に存在する神仏は確かに直接お金を使う
わけではないが 神社仏閣はすべて物質で出来ている為 
建立や維持コストなどの費用が嵩む上に さらに神域等を
清潔に保持する神職や僧侶の生活費も必要であります 

ゆえに神仏は御布施や御玉串を間接的に必要とされて
いるのであります

この世では最も価値の高い物質が現金となりますが
御布施や御玉串の本質的な意味は お金を真心で
喜捨した人の悪因縁を神仏が祓い その人の霊を
清める意味が有ります

また徳を積むことで先祖を救い 自分自身の悪因縁も
抹消させていくのです

だから寄進や献金も同様であり こういう費用は罪障消滅
の意味があります それを怠り個人主義でケチだった者は
生き金を使わなかったことで死後に裁かれます

小さな神社仏閣では檀家や氏子や管理する神職や僧侶
までも居なくなると寂れますが 神霊や仏様はそこには
留まらず神界に戻ってしまい 形骸だけの神社仏閣には 
陰の神や眷属だけが残り 危険な場所に変わるのです

そうならない為にも 神社仏閣を維持していく必要があり
御布施や御玉串が必要になるのであります

(20)善人は劫が軽いのか

質問者:ハイル禅師 刧が重い人より 刧が軽い人の方が
善人なのですか?

私:俗に「改心の御魂」である人で前世に重い罪を作った
が霊界で深く反省して次回 現世に生誕した人の場合
本当の善人であるケースが多いが こういう善人は
人格者でも途中で暗殺されたり事故死に遭ったりします
だから刧の軽重が善人かどうかを決定づけるモノではない

また刧とは神霊界からの判断では先天的悪業のことだが
例えば多民族国家を運営する為には反対者の粛清や
処断なども厳しくしなければ国家が機能しない場合もあり 
必要悪の場合もあったのである

こういう改革者は確かに来世で何かと批判されたり 
半身不随になるなど重いハンディーを背負う事もあるが
良き御魂でも 神仏に刧を積まされる環境や立場に追い
込まれることも多く その試練に応じて御魂を磨く為です

つまり 刧が軽くても社会の役に立たない人よりも
刧が重くても 歴史を作る意味で活躍した人の方が
価値がある人物だと言える

また因縁支配の法則がある為 自分のした行為は来世に
因果として戻ってくるが 人間とは御魂修行の為に生誕
しているわけで 刧がある人の方が かえって霊的に
進歩しやすい意味もあります

(19)鏡をもらうのは良くないのか

質問者:ハイル禅師 鏡を人からもらったり 合わせ鏡を
してはいけないのでしょうか?

私:鏡とは昔から人の姿を映し出すモノだが 中古の鏡や
他人が使用していた鏡を受け取ると先人の「苦」を移す
と言う意味がある為 病難や災厄が伝播される可能性が
あるので 受け取って使用しない方が無難であります

ただし新品の鏡はこの限りではない また鏡はむき出しに
していると場所によっては霊界と人間界の扉の役目をする
為 霊道になり易く なるべくカバーはした方がよい

合わせ鏡についてだが 三面鏡は合わせ鏡になっている
が収納の為でもあり 一体のモノと解釈するので気にしな
くてよく 別個の鏡を意図的に合わせることはやめた方が
よいだろう
 
また合わせ鏡実験では47個目まで置物を見ることができ
たと言うが 鏡の中は四次元と繋がっており 魔霊などの
通り道にもなりうる 

但しいくつかの悪条件が複合しなければ霊障が出ない為
絶対にカバーをしなければならないとか 合わせ鏡をして
はいけないわけではない

因みに御神体に鏡が多用されているのは 明治に法令が
制定されたからだが 真の意味は自分の御魂を映しだし
自霊拝する為でもある 

御神体は依り代や御霊代があればそれでよいからである

(18)徳の高い人達

質問者:ハイル禅師 徳の高い人は怪我に遭ったり 
病気になりにくいのでしょうか?

私:徳の高い人と言う定義は その人の前世の行いに
起因しており 悪因縁である「刧と霊障」が極めて
少ない上に守護霊の力徳も強く 霊衣も厚い為
怪我に遭ったり 病気になりにくいのです

例えば かの有名な「ぎんさん」の娘が四人とも九十歳を
超えても元気だが その一人が自転車で車と激しく衝突し
たが 身体がボンネットに乗り上げ 自分は無傷でした 

また別の一人は八十歳の時に二階から一階に転落したが
普通なら死亡か 骨折で済んだらマシな方だが まったくの
無傷で済んでいる

この家系の子孫は有徳者であるが 一般に霊衣の厚さは 
普通の人で三センチ~五センチ 薄い人で二センチ以下で
あるが ぎんさんの娘兄弟の場合は三十センチ以上もある

普通の人なら大怪我になる所が彼女らの場合は自動車の
霊や大地の霊と接触しても 常人より霊衣が極めて厚い為 
弾力性が有りダメージを受けないのです
 
科学的に言えば奇跡だが 奇跡の原因は霊界の守護と 
自分の徳分にあります

徳の高い人達は怪我や病気が逃げて行くのが共通点で
あり 天佑神助を得るためにも「徳分」の重要性がよく
わかると思います

(17)幽界から転生する人

質問者:ハイル禅師 人が死んだ際 三途の川を渡ったり
閻魔大王に接見せずに転生する人もいるのですか?

私:人間には御魂のレベルに応じての修行が有り
例えばインドや中国の山間僻地の集落の人などは
死後に幽界に留まり すぐに前世の集落に転生する
ケースが多いのである

狼に食われた前世を持つ あるインド人や中国人が言う
には最短で死後三日 長くても十年以内の転生が多い為 
前世記憶があるが 他人に話すと頭痛がする人が多い
 
なぜならば自分の御魂が現世修行に打ち込むように
する為です

彼らの多くの証言では 死後に神仏や守護霊とは合わず
自己反省の場もなく 幽界の入り口で留まり 妊婦の腹が
大きくなったのを見て気が付いたら赤子になっていたと
言う証言が多い

私の今までの内容は文明国に生まれて御魂のランクが
一定のレベルに到達している人の話であり 御魂のランク
の低い人は死後すぐにまた前世の集落に転生する為 
周りの人は自分の前世の父母兄弟だった人が多いのです

彼らが自殺した際も重労働や罰を受けずに すぐ再生する
が 御魂のレベルが低い人は頻繁に死んで頻繁に生まれ
変わる為 霊界教育もないのである

ランクの低い修行者であり 二回の人生を一回とカウント
されるからであります

(16)生霊の実態

質問者:ハイル禅師 生霊について詳しい解説を
お願いします

私:人間の霊魂は自由に体から抜け出すことが無意識で
行われることがあるが その霊力は強力であり 死霊の
三倍以上の霊力を有しております

生霊の大部分は怨霊の祟りや恋慕の執着が多いが
生霊を出した本人は普通は気付いておらず 生霊は
独立した意志を持つ為 自分自身が相手に捨てられて
別の人と結婚して恨みが消えていても 生霊は前の相手
に一生付きまとい苦しめるケースが多い 

だが稀に生霊が守護霊のような働きをするケースもあり
愛情から来る温かい祈りによる念付けによるのです

また自分の「生霊」を見る離魂病や影病「カゲワズライ」
などのドッペルゲンガ―現象や生霊に自分の意識が
乗り移り 自分自身を外側から見たり 或いはもう一人
の自分を他人や自分が目撃するケースもあるが 
こういう人は寿命が残り少ない場合が多いのである

戦死の間際に魂が遊離して 遠い故郷に帰り 
身内に目撃される場合も 生霊の一種であり
黒魔術や丑の刻参りなども生霊を悪用して
他人を呪詛します

恨みや呪詛の場合 生霊を出した人の御魂が欠けており
その部分は般若の顔になっております

(15)水子霊はいつから存在するのか

質問者:ハイル禅師 母親が堕胎する場合 いつから
水子霊が存在するのですか?

私:人間の霊魂は霊界や幽界から母親の胎内の胎児に
憑依同化する形で飛び込んできますが その時期は
妊娠した瞬間から 多くの霊の場合 ある程度 赤子の形
ができた三ヶ月前後の間に一体化するが 妊娠四ヶ月
前後で胎児に飛び込む霊も稀に居る

つまり三カ月前後には霊が胎児の肉体と同化していると
判断してよく また精子と卵子の結合後の妊娠から 
二ヶ月以内に堕胎すれば ただの肉塊に過ぎない為
水子霊にはならないが ただし二ヶ月を超えてしまうと
母親の個体差にもよるが 一日経過していくたびに 
水子霊になる可能性が高くなっていき 三ヶ月経った段階
でほぼ確実に胎児に霊魂が宿る為 それ以降に堕胎する
と「水子霊」となります

堕胎は現在の刑法でも 罪になるが軽いと言える
だが霊界の法則では罪は重く 国津罪となるわけです

一般に水子を作る家系には 強い悪因縁があるが
水子を作らない家系は先祖の状態もよく 比較的 
子女のモラルも高いと言える

結果 先祖の不成仏霊や怨念霊が多い家系に限って
水子を作り易いが 無論 先祖の状態が悪い為
水子は成仏できず 家族に憑依しているケースが多い

(14)心霊スポットでの事故

質問者:ハイル禅師 心霊スポットに行き 事故死などに
遭う人は やはり障りなのでしょうか?

私:有名な心霊スポットには必ず地縛霊や浮遊霊が
存在しますが その中には凶悪な霊も居て自分と波長の
合う人間に憑依して病気や事故で殺めることがあります

心霊スポットに行きたくなる人は悪因縁がきつい人が多い
のだが 守護霊が特に弱い人や本人の徳がほとんどない 
などの人は かなり危ないと言える

例えば女性霊から見れば 心霊スポットに来た男性が
女性を弄ぶタイプで無責任な者かどうか一発で見抜き
ますが こういう男性には憑依しやすいのです

複数の人が車で心霊スポットに来て一人でも守護霊が
強い人がいると怖い思いをしても助かる可能性が高い
だが現実は悪因縁の似た者同士で行く事が多いのです

私の知る話でワゴン車で五人心霊スポットに行き 
霊に取り憑かれた後 車のハンドルを爺さんの霊に
奪われてしまい対向車にぶつけられて 四人が即死 
一人が重傷でしたが この重傷者の証言で運転席下
から爺さんの血まみれの霊が出てきて混乱した瞬間に
対向車にぶつかっていたと言う

このようにハンドルやアクセルを完全に霊に奪われると
霊に悪意が有った場合や自分達の守護霊が弱い場合は
事故死させられる事があります

(13)御魂の天命

質問者:ハイル禅師 神道でよく言われる御魂が天命を
知るとはどういう意味ですか?

私:御魂部分は五次元の神の分魂の事であり いうなれば
深層潜在意識とも言えるが 往々にして人間の三次元の
顕在意識とは言動や思考が乖離する事が有ります

例えば前世に於いて悪業を積んだ人がいるとして 
御魂磨きを兼ねて その刧の清算の為にも現世で
出生しますが 顕在意識(自分の表層意識)では 
普通に幸福を願っています

だからなぜ自分だけが不幸に巻き込まれたり 
不運なのかと嘆くのだが 神の分魂である御魂の
深層潜在意識から見れば天命として贖罪の為に 
棘の道を歩んでいくことを知っている

記憶を消されて生まれてきた自分の表層意識では
そのような前世の事など知る由もないから理由が
わからず不満足で思い通りに行かない人生に不平不満
が出るのだが 宿命として避けがたい運命となります

天命とは大きな御魂の尺度から見たモノで 自分の御魂が
霊界で神に誓った命題であると言える

この表層意識と深層潜在意識が合一した状態が
一種の神人合一であり 御魂の天命に沿う人生こそ
本来現世に生誕した目的に沿う人生となります

(12)霊感体質者の特徴

質問者:ハイル禅師 霊感体質者は普通の人より 
霊の憑依数が多いのですか?

私:先天及び後天的に霊感体質者の人も結構いますが
霊に敏感な人は霊の方もよくわかるので寄ってきやすく
頼られたり悪戯をされる事もあります
 
基本的に霊感体質者は霊の憑依数が桁違いに多い為
救霊で霊の数を大幅に減らす事を私は勧めております

霊感体質の理由は過去世に原因があり 
① 霊的な仕事に就いていた人 
② 霊的な刧を積んだ人 
③ 神職に就いていた人など 千差万別である

霊障に悩まされる人は霊的免疫力が低く 過敏症であり 
霊的な刧がきつい人である

ごく普通の人で家柄が良く 先祖が長生きしており 
夫婦円満で無病息災で長命な家系では一人あたり 
二十体以下の先祖の不成仏霊がいるぐらいだが 
少し家系に問題があるだけで 軽く五十体は超えており 
霊障に悩まされる人は数百体以上の霊が憑依している
事もあります

救霊を受けた際 まず先祖の不成仏霊や動物霊が
外れてから霊障を与える悪霊が外れるが 霊感体質者の
憑依数が尋常でない為 奥の奥に居る怨念霊には 
一回では届かない場合が多いのであります
 
それでも徳を積んだ事により霊障は軽くなっているのです

(11)魂の誕生

質問者:ハイル禅師 人の魂は どのような過程を経て
誕生したのですか?

私:創造神が大宇宙を創造され天地自然の宇宙法則を
定められたが その際に自分の大霊意識体を分霊とする
形で神を作られたが この神とはいわゆる顕現神であり 
働きの神のことであります 

この働きの神が自分の意識体を分霊する形で 
作られたのが人間です

だから人間は意識で創造神と繋がっており 宇宙とは 
高次元の九次元から徐々に下り 三次元物質界は 
最後に作られた世界なのです

無論 創造神から分霊を繰り返し 御魂を増やしてきたが
この場合は 分霊されて後から作られた霊的存在は
霊格と霊力で一つ前の本霊に劣るのである

だが地球上の進化の起源から見れば 後から誕生した
モノが優れているのだが これは物質世界特有の性質に
よるもので 神は人間を物質化させる前に恐竜その他の
試作品を作り それらの遺伝情報などを元に顕現神や
人格神が 人を神の似姿にしたのであります

とは言え厳密には三億五千年前には人間は存在しており
恐竜や巨人族と共存していた事実もあります

宇宙創造の過程が高次元から降りてきたのに対し
三次元物質界では 逆に進化の過程を取ったのは
霊界は想念で出来上がるのに対し 物質界は想念だけ
では完全に具現化出来ないからであります

(10) 邪気とは何か

質問者:ハイル禅師 巷で聞く邪気とはどういったモノを
言うのでしょうか?

私:一口に邪気と言っても広義の意味では風邪や結核菌
のウイルスなどから人間の口から出たマイナスの言葉や
悪い念 或いは欲望の波動 邪霊の出す悪い障気まで
たくさん存在している

人間社会は現在霊的汚濁で満ち溢れています 不平不満
や愚痴・嫉妬・呪い・怨念などだが これらは霊的クモリ
となり 有る程度集溜すると天地の浄化作用が始まるが 
これが暴風雨・台風・地震・洪水・火災などが起こる原因
なのであり 異常気象が多いのはそれだけ人間の心が
荒んでいるからである

また浮遊霊や地縛霊がたくさんいる場所も邪気が集溜して
いる為 霊的・体的免疫力が弱い人は邪気や邪霊に取り
憑かれやすいと言える

さらに結核菌や風邪の病原菌も空気中に漂っているが
霊的免疫力が高い人は守護霊の加護が厚く オーラが
全身から出ている為 体に取り込んでうまく駆除している 
こういう人は体的免疫力も連動してしっかりしている

霊感体質者は特に邪気を吸い込むと偏頭痛・しびれ・
嫌悪感などが起こり 具合が悪くなり易いので 地道に
善行に励み悪因縁の清算に励むべきです

(9)人の手を通した功徳

質問者:ハイル禅師 私は世の為 人の為に頑張りたい
のですが 神仏に祈願してもまったく条件が整いません 
なぜでしょうか?

私:世の為 人の為に尽くす気持ちがあるが 健康面や
経済面で不安が有る為 神仏に祈願しても叶わない人
の方が多いのです

なぜなら神仏とは神縁が有った衆生等の霊障や刧など
人間の努力では不可抗力な目に見えない本質的な部分
を改善してはくれますが 露骨な助けと言うのはほとんど
ないのです 現世は人間が主人公の世界だからです

だから神仏に祈願をした場合 御利益があるときでも
必ず「人の手」を通して本人に功徳を授ける形をとります

また世の為 人の為に頑張りたいと大本教や天理教の
亡くなった信者の霊も多数いるが 仕組の時に生まれて
来れず「縁」が無かったのです 

同じように生きている人間でも条件が整わない人は
「徳が薄い為」世の為より まず自分の環境を整える事
が先決となり やはり神業に縁が無いと言えるのである

結果 必ず神業の為 世の為に生まれてくる人は 
前世から周到な準備をして 現世で徳分が開花しており
条件が整わない人は準備が全く出来ていない人達なのです

(8)祈りとは意乗り

質問者:ハイル禅師 祈りとは神仏に対する祈願の事で
しょうか?

私:元来 祈りとは言霊で「意乗り」となり 自分の意を
乗せる事で 神仏に対する祈願とするのです

無心に自分の意志や想念を神の境地まで高めていくと
神の意に通じて願いが叶います
 
なぜなら神の境地にまで高める事により 波長が同通
するからであります

また祈りの進歩とは 神に意を乗せることから始まり
自分の意を神なる意にまで高めて乗せる事を指します

基本的に祈りを神の境地にまで高める方法とは 自分個人
の小さな利益を超えた利他の利益や利他への幸福祈願を
行うことです
 
そうする事によって神が祈願者に注目するが その後で 
自分個人の小さな願い事も最後にするわけです
これが神に祈りが通じる条件の一つとなる

昔から狩猟や戦地に向かう夫や息子の無事を妻や母が
神仏に頼り 祈っていた事が祈りの原点となります
この場合も まず祈りは感謝から入ります

実際 祈ってもらった夫や息子には温かいオーラの光が
まとい 窮地を脱する事が出来た人も多いのであります

(7)金銭的な開運策

質問者:ハイル禅師 私は金運がなく 故に実入りが悪く
カゲツなどの金運が付く植物や霊峰富士・ガマ財神・
白蛇財布・水晶などの購入も効果が無いのですが 
他に開運策はありますか?

私:基本的に「金銭の刧」が重い人は前世に於いて
身分が高く その力徳を他人に施さなかったカルマを
持ちますが その結果 現世では家族・親戚・職場・
友人関係でも複数トラブルを抱えているケースが多い

なぜなら金運とは 本来「人の手を通して自分に与えら
れるモノ」だからです 金運が弱い人は概して人脈も悪く
徳が全般的に薄い為 実力や能力があっても引き立てを
受けずに悶えている場合が多い

逆に才能が無くても 有徳者は出世したり 良い就職先に
御縁があるものです 

カゲツなど金のなる木や大黒天や霊峰富士の額などには
「補運」の効果があるが 金運の元は 無論その人自身
の先天の徳分の総量にあるわけで 少ない人は補運の
効果は かなり減殺されます

このように金運が悪い人は人生全般の運気も停滞気味
だが 開運策としては 神仏に毎日祈る習慣を身につけ
少額でも貯金する習慣を大事にし 少額でも継続的に 
神社等に寄附を継続していくことが本筋であります

(6)下座の行

質問者:ハイル禅師 「下座の行」とはどういう意味で
しょうか?

私:「下座の行」とは「上座の行」と対を為す言葉である
が 平たく言えば難行苦行や下積みの事を指します

「下座の行」とは 人間処世上 重要な意味があり
しかも信仰者に於いて殊に然りである
 
新興宗教の教祖などには焦りがあるのか 充分な
「下座の行」に於いて深い学問の研鑽と咀嚼や苦しい
霊力修行をせずに「上座の行」から入り 神仏気取り
の人もいるが「下座の行」が全く足りていないことが 
私には書籍を読めばすぐわかり そう言う教祖は
露骨に馬脚を現している

昔から諺に「能ある鷹は爪を隠す」とか「稔るほど頭を
下げる稲穂かな」と言う句が有るが いずれも下座の行
に於いて修行ができた者たちを指している

神様は慢心を非常に嫌うのだが「謙譲の徳」と言い
下座の行とは実に尊いモノで 下積み苦行となる為
「徳」をすり減らすことなく 大きな霊的貯金になるが
書籍の出版や講演会ばかりをしている教祖は
「上座の行」となる為 先天の徳分をすり減らし
晩年凋落するので 信者諸氏は よく教祖の言動を
注視すべきであります

(5)物を識る文化人

質問者:ハイル禅師 真理の内容を書いている禅師に
中傷や議論を吹っ掛ける人がいますが これに対して
どう思われますか?

私:現世では 目に見えて霊層界の階級が無い為
下位にある者が上位にある者に とやかく意見すること
ができるが 肉体を持って地上に生誕した人間の特権
でもある為 致し方ないと思います

私に議論を持ちかけてくる人の多くは卑下慢を隠し 
私の話に疑心を持っている事が多く 自分の齧った
見識をゴリ押しして強弁してくるが 本質的に物を
識らないからである

「物を識る」とは深遠微妙にして意味深長な言葉であるが
実際に世の中の不思議な奇跡体験を何度もしており
透徹した深い学識を持ち 研鑽努力で真理の実態を掴み
的確に表現できる人 と言う意味であります

物を識る私は例えばある問題に対して 唯一の問題の
急所を発見し的確に助言することができる

それに引き替え 物を識らない人は大人気ない小児病的
議論を振り回したり 軽挙妄動的な行動に出たりするが
根本的に勉学の研鑽量が少なく 霊格が低いからである

私のように真理の研鑽の為に膨大な費用をかけ 多くの
奇跡体験をし 神からも功徳や御蔭を頂いている者こそ
本当に「物を識る」文化人なのです

(4)御魂の最良条件

質問者:ハイル禅師 御魂は清らかで汚れが無く
霊層が高い人が最良なのですか?

私:上記の条件の方は自分自身は神の願いに応えた
素晴らしい人物だが 清らかなだけでは魑魅魍魎が蠢く
現実界を良く出来ないのです

例えばシスターを何度も体験して死後天国界に上がれても
現実界では世の中をどう良くしようかと神仏が腐心されて
いる時に彼女らが人の守護霊となっても 荒い波動の振動
数で生活する人間に神の意志を届けるには 霊的パワーが
弱く他の霊障に妨害されます

なぜ神が人間を作り 人が地上で罪を作り カルマに苦し
む事も存じていながら修行させるのかと言えば 本当の
意味でパワーのある役に立つ人間を誕生させる為です

故に悪も人類の生成化育進歩発展には必要であり 
例えば「天地に仁なし万物をもって芻句となす」と言う
言葉のように大きな改革を断行するには小善よりも
大善が要求され その過程に於いて粛清なども行うが
良き御魂でも「刧」を積まされるわけです

刧を積まされた良き御魂は地獄で苦しい修行をした後
恩赦で引き上げられ 強力なパワーを持つ守護霊として
現実界で役に立つので 清らかな人が最良とは言えない

(3)大日如来と阿弥陀如来

質問者:ハイル禅師 大日如来と阿弥陀如来とは 
どう違うのですか?

私:大日如来は金剛界・胎蔵界などの両界曼荼羅に
見られるように密教に於いて 宇宙の根源神であり
阿弥陀如来は西方極楽浄土の主宰神となり
薬師如来は東方浄瑠璃世界の教主となるように
まず定義が違います

大日如来は天照大神の化身仏だが 大日如来は
曼荼羅の中央に位置するように 中心の車軸の仏様
であり 周囲の仏達が「働きの仏」となります

つまり不動明王や文殊菩薩などの仏も全て大日如来の
化身であり 大日如来の一面の役割を分掌しておられる
のが実態であります

不動明王は厳密には国常立大神の化身が圧倒的に多い
のだが 基本的に高級神は高級仏や高級眷属に化身し
高級仏は「働きの仏」に化身出来るのが真相であります

また西方極楽浄土の主神である阿弥陀如来は
観音菩薩と勢至菩薩を脇侍に侍らす如来だが
阿弥陀氏が何度も発願を持って何万年にも及ぶ
修行をした結果 西方浄土の如来の主になられたのです
*観音菩薩だけは創造神直轄の化身仏です

結果「大如来」でも 五次元の神の化身仏であったり
発願成就による元人間の化身仏であったりするので
多種多様の違いがあるのだが この場合 元人間
と言っても高級神の下生であると言えます

(2)子供のアレルギー

質問者:ハイル禅師 なぜ最近の子供にはアレルギー
体質が多いのですか?

私:憂慮すべきことに日本人が世界で一番 農薬や抗生
物質を体に取り入れている現実があり これらに対する
アレルギーが出るケースと 先祖供養等が生き届かず
地獄の祖霊などの戒告による霊障が複合したモノが
アレルギーの真因なのであります

日本は輸入大国だが船舶等の中で防腐剤・防黴剤・
殺虫剤などをふんだんに野菜や果物に直接散布しており
小麦粉など うどん・そば・パンの原料になるモノや
魚類にも ほとんど農薬や抗生物質が混入されている

無論 畜産農家の鶏・牛・豚の飼料や健康管理にも
抗生物質が多量に使われている

さらに病院や家庭で使われる医薬品などの抗生物質が
一年に500t以上が日本国内で消費されている

また抗生物質には必ず耐性菌が出現するが MRSAを
超越した耐性菌も出現しており 強い抗生物質とのいたち
ごっこだが 医者が言うには抗生物質が効かない病原菌
が出現すると人類は滅亡らしい

現在子供のアレルギーの罹患率は 5%を超えているが
日本人の食生活や医薬品などの見直しが必要であり
日本政府が本腰を入れて早急に取り組むべき最優先
課題であります

(1)無神論者について

質問者:ハイル禅師  巷に多い無神論者について 
どう思われますか?

私:天と地の間には日月星辰 気候の寒暖 風雨等
有形・無形の天然現象から人間・動物・昆虫・山川草木 
あらゆるモノは大自然の偉大な力によって生成化育され 
進歩発展しています

冷静に客観的に「自我」を捨てて物事の事象を見つめる
と一定の法則をを持って世の中が運営され成り立っている
事が誰にでも分かるはずです

人間は大自然に於ける真理を何千年も前から解明しよう
と学問を作り 探究に専念しているが 今日までごく一部
が判明したに過ぎず 人間の知恵と知識は九牛の一毛に
も当たらないと言える

故に人間は大自然に追随し その恩恵に浴する事こそ
最も賢明な生き方であり この悠久無限の宇宙や
天地茫漠・無限無窮の存在である人間の作り主が
必ず存在するのが道理なのである

神が存在せねば 万有も無神論者自体も存在せず 
これに気づかぬ人間は愚鈍的な動物レベルとなるが
動物には探究心も意志想念も知性もないからである
 
動物的人間から動物性(獣性)を抜き 無神思想を打破し 
真の人間に進化させる事が 私の人間改造事業なのであり 
ハイル禅師の解答の役割でもあります

はじめに

現代社会に於いては 物質的にはある程度 満たされるよ
うになってきたが  現代人は真理に疎くほとんどの人は
仮の肉体や現実の目に見える物しか 信じようとしない

我々の本体は「霊」なのであり 肉体は一時的な借り物な
のである 多くの人が過信する科学も医学も未だに発展途
上の過渡期であり万能な手段になりえず 未解明な部分
が多いと言える

ハイル禅師語録では この未解明な部分に特に焦点を当て
あらゆる不幸や災難の原因を適切かつ明確に解説しており 
合わせて解決する手段も掲載させている 

本書を読むことで あなた方が正しい神霊知識を会得され
即実践し大いなる運命の改善と福徳の享受を祈る次第で
あります

おわりに

本書を忍耐づよく完読して頂いた皆様には驚愕の真実に
驚かれた事だと思います 私の内容が嘘偽りでない事は 
後日読者自身が入念に研鑽し勉強されると明らかになる
と思います
 
また独自に深く学問を研鑽された方や霊感の高い方 或い
は私と同じく奇跡体験や不思議現象を体験された方は 
一定の理解と得心が得られた事だと拝察しております

本書の内容を正確に読まれて理解できた方は輪廻転生に
於いて深い学問の研鑽を修得されてきた方です その為 
霊性の向上により本書と御縁ができ興味を持って頂けた
のだと言えます

今後共 語録を何度も反芻して読まれる事で一層理解が
深まり 個々悪因縁を乗り越えるべく善徳を積まれる事を
願う次第であります

(99)自殺がいけない理由

質問者:ハイル禅師 なぜ人が自分で命を絶つことは 
いけないのでしょうか?

私:人が現世に生まれてきた理由とは神の命令による
「魂修行」であり御魂磨きとなります
 
人には人生の途中で自殺などをする自由意志はあっても
自分の生命は自分の所有物ではなく 神から授かった命
であり 神の管轄となる為 自害や自殺は地獄に落ちる
ほどの重い罪となります

自害者には それ相応の理由があるが 自害に追い込ま
れるほどの前世の刧があるからであり その清算の為に 
現世で追いつめられるのです 自害をすると霊的借金を
現世で苦しんで返済出来ない為 自害直後 幽界で縛り
つけられたり 足枷を付けられた後 霊界に復帰した後も
地獄界での強制重労働等の厳罰を受けるのである

自害者の多くは現世と霊界の狭間である幽界で彷徨して
おり 自害前の痛みや苦しみが取れないことから 凄く
後悔する霊が あとを絶ちません

しかし自害と言っても自分の命で多くの人が助かるケース
や責任を取って潔く自決する場合に於いては 霊界では
逆に評価されることもあり 動機と想念次第で天地の差が
生じるが エゴで自害すると地獄修行で余計に厳しくなる
と肝に銘じておくべきです

(98)自分自身の受け皿

質問者:ハイル禅師 神仏から奇跡体験や解答を頂く為
には どうすればよいのですか?

私:基本的な事だが人並み以上の体験を得ようとするなら
人並み以上の努力が必要であり 流した汗と努力と研鑽の
量に感銘して神仏は動いて下さるのです

私の場合は二十歳前から古今東西の真理の書物を購入し
真摯に努力と研鑽に励んできました

霊能力の有無を知る為に各地の霊能者を巡り 真理を知る
為に宗教を巡り 多額の費用も掛けてきたが その結果 
目に見えない神仏から誠を認められ 様々な証や奇跡を
頂き 実在を体験しました

私は書籍の内容を覚えていますが それでも忘れた事が
あると どの本を読めば 解答があるのか迷った時
適当に手に取った本のあるページをめくると「解答」が
そこに掲載されていたこともあり 守護霊様が教えてくれた
のだと感じた奇跡経験もあります 

神仏から解答を頂くには 人として九十%の研鑽と努力が
必要であり そこまで努力しない人は無視されます
 
残りの十%まで必死に苦労して悩んで自分で煮詰めた時
神に祈ると スッと「天より解答が降りてくる」のです

人が奇跡体験や解答を神から頂くには謙虚で感謝の心を
持ち 充分な努力と研鑽による「受け皿」が必要です

(97)真理の体得

質問者:ハイル禅師 真理を正しく解釈するには霊感が
必要ですか? 

私:真理を正しく解釈するには古学・霊学を基礎から学び
霊感がある方が望ましいが 重要な事は自分独自の偏見
と観念を捨て 正しく素直に理解しようと努める事です

現代人は疑い深いのを聡明者の資格の様に思い込んで
おり 批評眼でしか霊的事象を見れなくなっている者が
多いが 批評は大切ではあるが それだけでは形而上的
学問である真理を体得する事は出来ません

また同じ真理の文章から正しく解釈する事が出来ない人も
多く 正反対の事を言う人もいたので読解力にも問題が
あり 霊格云々以前の話しです

経済学者ミュルダールの累積的因果関係論に「富める者
はますます富み 貧しき者はますます貧しくなる」とある
ように 口先ばかりで実行力が無く 批判ばかりの形骸
人間は「謙虚に学ぶ者はますます賢者になり 学ばない者
はますます愚者」になるケースの後者となります

真理を正確に体得するには前世からの無形の徳のスキル
と 現世の霊格の高さも必要だが 霊格を高めるには 
執着を捨て徳を積み 刧を祓うことで神仏に霊障を外して
頂き 御魂を清浄にすることが先決であります

(96)輪廻転生の回数

質問者:ハイル禅師 輪廻転生が多い人は才能が豊か
なのでしょうか?

私:一般的に輪廻転生の回数が多い人は複数の前世の
アビリティーを蓄積でき 学問・芸術・信仰心などの
「無形の徳」のスキルの能力部分を積み重ねる為 
才能が豊かになります

しかし前世に農民や奴婢などの身分にあり 無知蒙昧・
無学文盲だった人や短命で終えた人などの転生が多い
人は才能が豊かとは言えず 比較的霊格が低い為
現世でも観念から真理を忌避して否定する人が多いが
間違った観念に動物霊の憑依も多くなるからです

比較的 身分が高い貴族や大臣 或いは武士・僧侶・
学者・音楽家など 学問を学べる地位にあった人は 
技能や才能を来世に持っていくことができるが
これが現世に於ける霊的実力の差となっており
真理を理解する器となります

また才能と言ってもこの二種類あり 徳分と技能の二つが
揃わないと現世で成功できないが 例えば前世で音楽家
で教会に寄附を続けた人は現世では徳分と技能が備わっ
ており 成功できます

だが音楽家の技能の才能だけで 徳分が無ければ
成功運・評価運・引き立て運が無い為 名声を得られず 
社会的成功には 二種類の才能が必要不可欠と言えます

(95)宗教の種類

質問者:ハイル禅師 なぜ儒教・仏教・キリスト教など
宗教の種類があるのですか?

私:本来 創造神は一人であり 宗教も一つであるべき
ですが 地域性・民族性 或いは当時に必要な救いとして
各地の聖者が伝えた教えが「宗教」となっている為です

聖書のルカ13「二つの門」にある狭い門より入りなさい 
滅びに至る門は広く そこへ通じる道は広々としていて
そこから入る者は多い しかし命への門は狭く そこに通じ
る道は細くてそれを見つける者は少ない と言う教えと
儒教の「人心之危うく道心之微かなり」と言う教えは
人が物質欲に執着し 人の精神欲の低さを指摘しているが
さらに陰徳の教えも共通している

また各宗教は次元別に分かれており 愛と道徳を説く
儒教・キリスト教等は「三次元の教え」
真理と智を説く仏教は「四次元の教え」 
神人合一を説く神道は「五次元の教え」となる

明治維新以降 金光・黒住・天理・大本などの神道系
教団を神が降ろしたのは 本来ならば人が三次元と
四次元の教えをクリアして 五次元の教えを体得すべき
であるからです

だが人類は輪廻転生を何十回繰り返しても課題をクリア
できず 精神性が低いままなのが現実の姿なのです

(94)地獄と煉獄

質問者:ハイル禅師 地獄と煉獄は どう違うのですか?
また神道で言う「天津罪と国津罪」と どちらの方が罪が
より重いのでしょうか?

私:煉獄とは欧米等のキリスト教圏でよく使われる言葉
であり 地獄と意味が変わりませんが 罪の浄化期間を
終えると赦されるという前提があります

天津罪とは主に怠りの罪であり 国津罪とは騙す・殴る・
蹴る・盗む・殺めると言った人々に迷惑をかける行為を
指すが どちらの罪がより重いのかと言えば 天津罪の
怠りの罪が遥かに重いのです

殺人よりも重いのか!と驚かれると思いますが 怠りの罪
は反省しても何も残らないからです
 
無論 国津罪も悪いのだが 反省すれば積み上げて来た
実力や実績を世の為に役立てられる「陽の罪」となり 
改心の余地があるからです

現世で怠けて来た人で己を磨かず 徳を積まなかった人は 
煉獄行きとなり 無意味な重労働を三百年以上課せられる
事にもなります

他人に迷惑をかけていない場合は「人畜無害」とは言え
怠け癖があり 酒ばかり飲み 精進努力しなかった人は 
霊的に狸の姿になっている人が多く 死後 畜生界で 
人霊狸に変貌する場合もあります
 
姿が狐や狸になった場合でも重労働はさせられるのです
ハイル語録厳選


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淡路島渡島船中にて