(19)現実界と霊界での徳積みの差

質問者:ハイル禅師 現実界と霊界では同じ徳積みでも
なぜ大きな違いがあるのでしょうか?

私:現実界と霊界の違いはいくつもあるが 特に強調
する点は 霊界は「現世の行いの結果の世界」となる事
である

つまり 現実界では神仏の存在が明確ではないとされて
いるし 独善的思考や物質や肉体的な欲求に囚われ易く 
素直に徳積みに励む者は少ない

だが現世に比べ 死後の霊界では自分自身がすでに霊的
な存在であることを認識しており 神仏の存在も明確と
なる為 徳積みに励んでも 現世の100分の1ぐらい
の価値となり 霊層界を一段上げるのに三十年以上かか
ることもザラである

現実界とは 人間主導の物質世界であり 霊界とは 
神仏主導の精神世界となるが この物質界に於いて
神仏を確信して善行に励んだ者は 当然の如く 
死後高く評価されるわけである

また霊界では徳積みに必死に励もうとするが 自分と
同じレベルの霊層界の者ばかりで 徳積みが難しい

だが地獄に落ちると徳積みどころか 苦痛と
拷問の日々となり 中有界下段でも重労働で
待遇が悪く 徳積みの余裕は無い状態となる

ゆえに霊界では徳を積みにくく 天国界に於いてさえ 
困っている者が周りに居ない為 徳積みが難しいのです
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(18)宗教にお金をかける

質問者:ハイル禅師 各教団の教祖の書籍も先賢達の
焼き直しだし お金のかかる宗教にわざわざ入る人は
どこかズレていると思いますが どう思われますか?

私:普通の感覚を持つ人は 目に見えない不確かなもの
に興味を持ち 宗教に入信してお金を使う人は異常に
思えるかも知れないが これには深い理由もあるのです

確かに宗教に入信する人は 家庭内に病・貧・争が
あったり 霊障に悩まされるなど問題を抱えている人が
多い

何も問題が無く 若くて健康で金持ちなのに特定の宗教
に入る人は 神の計らいであり 天命である

宗教解釈に理解があり のめり込むと大金を使う人も
出てくるが 教団は大金を使う人には 冷静に 自分の
生活に支障があるかないかを問い正すべきです

普通の人には 目に見えない宗教に大金を使う者は 
洗脳された心の弱い馬鹿者に見えるかも知れないが
布施や献金は 負のカルマの罪障消滅になっています

現世の本質とは この物質世界でも目に見えない
「人の心」が大事であり 心を育成する世界なのである 
ゆえに物質とは「人の心」を満たす一つの手段でしかなく
目に見えない所に「生きたお金」が使える人は 本来は
精神性が高い人なのである

(17)真理の捉え方

質問者:ハイル禅師 宗教や真理を信じると言っても
十人十色であり 正解があると言うより 捉え方や解釈
は個々人の自由だと思いますが どうでしょうか?

私:人間とは生まれ育った環境や教育 或いは前世からの
無形のスキルの差により 霊的な才能や器に違いがあり 
さらに学力や思考力にも違いがある為 捉え方や解釈の
相違により 私の語録を読んでも両極端に解釈が分かれ
ることもあります

確かに宗教の話は目に見えない部分が多く 教祖や霊能者
でさえ知識量や霊格により 記述自体の信頼性が変わる

それだけに一般の宗教免疫が無い人は 何が正しいのか
が分からず勝手な解釈をしたり 理解したつもりが理解
できていない事も多い

自分の教団の教祖様信奉主義者は冷静に客観的に研鑽を
しないし 宗教に懐疑的過ぎる人も 一歩を踏み出せず 
何も分からず 何も体得できないまま他界する

普遍的な真理とは 信者と一般の人との隔たりが無く
神霊界の神の法則や意志に沿った正しい解釈ができた人
ほど死後に上位の霊界に行き 間違った解釈が多かった人
ほど下位の霊界に行くわけで 解釈自体は個々人の自由
でも 評価は神仏が行うから万人平等なのである

(16)キリスト教の布教

質問者:ハイル禅師 ザビエルが日本で布教する際
キリスト教の盲点を鋭く突かれた話がありますが
それでも信者はなぜ増えたのですか?

私:確かにザビエルは本国への手紙に日本人は熱心に
聞いてくるので マカオや東南アジアのように
簡単には布教できないと書いています

当時のキリスト教では洗礼を受けていない者は
皆地獄に落ちるという教えであった為 信者になった
日本人が 先祖ぐらい助けてやってほしいとか絶対に
天国にいけるのかとか かなり突っ込んだ質問を忌憚なく
ザビエルに浴びせた話は有名である

そもそも この当時の信仰とは「パスカルの指摘した
賭けの部分」があり  日本でもある僧侶が出家した際 
もしお師匠様が悪人で地獄に落ちるような人であっても
私は信じます という話がある

宣教師ザビエルはキリスト教の教えを布教するのが目的
であったが キリスト教の抱える矛盾にも信者と一緒に
議論をしていたのである

激しく議論をした者は熱心な信者になったというから 
ザビエルがうまく取りまとめたのです

現在の新興宗教は 書籍を読破し これはと言う所に
入信して奇跡体験すれば真偽がハッキリする為 
教えの矛盾は自分の努力で解決できます

(15)神への願掛け

質問者:ハイル禅師 悪因縁を神様に小さくして
もらったり 神仏に商売繁盛を祈願するのは
ズルイと思うのですが どうですか?

私:例えば北海道から伊勢に参拝された人がいたが
神がまったく頼みを聞いてくれず がっかりしたと
いう話があります

遠方から旅費をかけて わざわざ由緒ある神社に
参拝するのは確かに効果は高いのだが 一度や二度の
参拝では 神様は余程祈願者に至誠を感じない限り
動くことはない

故に悪因縁を神様に小さくして頂くにも いくつもの
条件が必要であるし商売繁盛を祈願しても
「人として最大限の努力をする前提」が必要であり
合致しなければ功徳は無い

神仏から功徳を頂くにも 自分の努力とタイミングが
必要であり 時期を逸すると駄目である

悪因縁は前世に自ら撒いた種であり 自分が刈り取るのが
原則である為 神仏も縁ある衆生に悪因縁である
霊障や劫を一部祓ってはくれるが 全部ではない

神仏に功徳を頂いても 一定の苦痛や苦難は背負っていく
わけで 神仏も甘くは無いのである

商売繁盛祈願も同様であり 祈願者の至誠と努力で功徳が
授かるわけで 誰でも祈願すれば願いが叶う訳ではなく
ズルイと思う必要はない

(14)守護霊 と動物霊

質問者:ハイル禅師 守護霊とは全員について
いますか? また動物霊とは何ですか?

私:守護霊とは およそ十代以上前の御先祖が
死後に修行して 子孫の守護を神仏から一任された
有資格者であり 人間には全員ついています

また動物霊とは 狐・狸・蛇が多いが 人間に憑依する
動物霊とは 多くが死後畜生界等に落ちた元人霊であり 
快楽欲しさと苦しさのあまり 波長が合う現実界の
「想念の低い人」に憑依して肉体を支配するのです 

この理により ソープランドや飲み屋街は特に多い

霊能者によっては 守護霊のいない人もいる と言うが
この霊能者は本物の守護霊が見えておらず 不成仏の
守護霊気取りの親族縁者霊を守護霊だと勘違いしている

純粋な動物霊が人間に憑依するときは「怨念」による
ものが多く 養豚場・養鶏場等の経営主の子供を奇形に
したり 蛇を生薬として売っていた先祖の子孫には
悪質で進行性のあるウロコ病等に罹患させる

人霊化身の動物霊は 憑依した人間を自分の性欲を
満たすためにソープ通いにさせたり 高級飲み屋を
はしごさせたり 博打狂いにさせるが 飲み食いと
セックスが主体である

人間の運とは守護霊の質量に左右されるが 自分自身で 
真理を研鑽したり 徳を積まないと 良い守護霊は
付かないと言える

(13)隈本確

質問者:ハイル禅師 新聞で複数の書籍の宣伝をして
いる 日本神霊学研究会会長の隈本確氏は霊能者として
本物でしょうか?

私:隈本確氏の書籍宣伝は派手であり 浄霊で霊障を
解決するとあるが 実際に私が「超神霊」「大霊界」
「迷信と地獄」「恐怖の霊媒体質」の四冊を読んだ事で
真偽が判明しております

隈本確氏は霊界について精通しており 八割までは
正しい内容であり よく勉強されている

だが隈本氏は本当の霊能者ではなく ただの宗教学者で
しかない その理由は 霊障の解説で判明しており
「人間以外に霊魂の存在が無く 霊障について動物霊の
障りはない 人霊化身の動物霊に限る」としている

事実は純粋な動物霊障である蛇や養鶏場等のモノが存在
しており 魚類・虫類にも霊障が存在するのである

また肝腎の浄霊については 施術者と祈願者双方の確信
する力に多分に依存しておきながら わずかな時間で
高額料金だが この方法では想念の力で多少の効果は
あっても「「本格的な浄霊にはなっていない」」

さらに献納された浄霊費用等の使い道のほとんどが
自分の財産への編入と宣伝と神殿建設である

本当に霊障に苦しむ人が隈本確氏の浄霊を何度受けても
神権を持たない人であり 神霊治療にはなりえず 
危惧する次第である

(12)プラズマ現象

質問者:ハイル禅師 人魂だと言われている火の玉は
プラズマ現象なのでしょうか?

私:多くの科学者は 人魂等はプラズマ現象 或いは 
リン化水素やメタンガスの自然発火現象だといい
人魂・鬼火・狐火なども明確な区別がないと述べている

科学者が指摘するように 化学現象の発火物の場合も
あるが それらは長い時間存在し続けることは不可能な
のである

私の母が二度ほど人魂を見たが 一回目は向かいの家の
婆さんが亡くなったその日の夕方頃 二階から隣の家を
見ていると 家の中から屋根を突き抜けて 約二十cmの
火の玉がグルグルと自分の家の周りを徘徊していたと言い
長さは 二m弱で青白くオレンジなども混ざっており
意志を持っているようだと述べていた

二回目は銭湯に行く路上で目撃しており このときは周り
の人も数人目撃したようで やはり青白くオレンジ色で
あり 火の玉の大きさは二十cmほどで二m近い長さであり
つけて行くと公園の大木に吸い込まれたと言う

このように長時間浮遊するものは 霊魂であり
厳密には鬼火や狐火とは 十cm以下の火の玉の事を指す

世間の人は一様に人魂と言うが 人間の霊魂以外に動物霊
や妖魔の類もあり 怪火などは憑依の危険がある為
発見しても近づかないほうが良い

(11)水子霊は脅威か?

質問者:ハイル禅師 巷の霊能者が言うように
水子霊は脅威になるのでしょうか?

私:日本は中絶王国と言われる通り 一年間に六十万回
以上の堕胎がありますが 法律は中絶手術に対する条件
を付けても実際には野放し状態です

そういう世相を反映して「水子供養ブーム」があるが 
正しい水子供養をする所が著しく少なく 行者が水子霊
に釘を打ち込んだり 火縄で縛りつける所や 大金を
ぼったくり ローソクの傾いた水子地蔵写真だけを
送って来る所なども多い

実際の所 水子霊の霊力自体は本来強くはなく
ただ「暗いよう・寒いよう・怖いよう・寂しいよう」
と言う念波を母親や兄弟に送ってくる

ところがインチキ霊能者が水子霊が悪霊であるが如く
「大病を起こす!」と脅して大金を巻き上げる 

さらに不安になった相談者の母親の想念が 水子の霊力
を強く巨大化させて 家族喧嘩や兄弟喧嘩を激しくさせ
たり怪我させるので インチキ霊能者の供養では逆効果
となります

また複数の水子霊がいると合体して巨大化する為
霊障が強くなることもありますが怨念霊のような邪悪な
念からではない

結論として水子供養は有力な神社で
正式に神様と水子に謝罪する形の供養をしたほうが良い

(10)総代の財政

質問者:ハイル禅師 私の家系は神社の総代をやったり
神主などもやっておりますが 財政は厳しく 縁者の人
も就職難であり 縁談も遠い人が多いです
神様の御守護があるのでしょうか?

私:有名な神社・寺院であれば献金額も多いし 
経済的に潤っていますが 人気の無い規模の小さい所は 
確かに経済的に逼迫しており 寺の住職が金銭や食物の
万引きをした等の話もままあります

神社や寺院の総代を務めるには重責を負うことになるが
その分 修行も進むのです

神社や寺院の総代をする家系の者が経済問題等を抱える
のは「改心の御魂」の再生修行者だからであり 例えば
前世 身分が中流以上の者で他人から大金を騙し取り
そのお金で異性を侍らせて酒池肉林をやった者が
巻き返しを誓い 霊界で反省した後 特別に神仏に許可
されて神職者となり 劫消しと徳積みを兼ねて生まれて
くる人もいるからであり 因縁相応の結果なのである

神仏は「改心神職者」に対して 劫を小難にするべく 
病難を小さくしたり 寿命を延ばす等 様々な御守護を
下されてはいるが 財布に金を入れようにも クモリで
入れられず 良い縁談に導こうとも劫がきつく難しい為
清貧困窮者となり 御守護の実感が湧かないだけなので
ある

(9)救霊の下ろされた理由

質問者:ハイル禅師 私はコスモメイト時代から
WMに所属していますが 救霊は なぜ降ろされたの
でしょうか?

私:救霊の技は その昔 ニギハヤヒの尊が活殺自在に
駆使された秘儀であり コスモメイトの創生期に
観音様である御親元素大御神様や国常立大神の命令で
天啓宗教の深見教祖が始めたのです

コスモメイトが救霊をする前は観音院の妙法院光悦氏や 
その他二人の霊能者が 正神や観音様の命令で
「霊おろし」や「因縁切り」をされており
それより前は 世界救世教の岡田茂吉氏や
真光文明教団の岡田光玉氏に降りた観音様の霊力が宿った
「オヒカリ」や「オミタマ」で 体を神気で浄化する
浄霊と呼ばれる病気治しや因縁抜きが有りました

救霊が降ろされた理由は 怨念霊等の家伝の霊障は 
人間の努力や苦労では外せず 如何ともし難い不可抗力の
部分を恩赦で救済する観音様の大慈大悲であり 祈願者に
安逸に楽を与える意味ではなく 小難に変える意味が有る

例えば 数億円の霊的借金の人が三万円の救霊1回で 
全部外れると不平等になるが 大難を小難にする転機が
救霊となります

深見教祖も 平成二十五年三月十八日で 六十二歳に
なる為 彼の「大救霊」も あと数年で終わりとなります

(8)徳積みの必要性

質問者:ハイル禅師 特に悪いこともせず
不幸ではない人は 徳積みの必要がありますか?

私:日々の生活の中で 毎日掃除をしても
埃が溜まるように 人間の罪穢れとは
日々積み重なっていきます

具体的に例を出すと 不幸ではない人は
前世に徳を積み その善徳の因果で
幸せを享受出来ている訳だが バイクや車の排気ガスで
歩行者を気分悪くさせたとか犬の糞を放置したとか 
良かれと思って発した言葉が逆効果で相手を傷つけたと
か 自分では知らずの罪が結構ある

従って人間生活に於いては 何もしなくても怠惰の罪に
なり 何をするにしても 罪穢れが溜まるのである

だから徳積みが必要だが あまり利得を意識して善行
すると偽善となるし 他人の評価を受けた「陽徳」より
隠れて良い事をした「陰徳」の方が 同じ百万円の献金
でも霊界の評価では三倍以上の価値がある

徳積みをすることは 運をよくして 享楽に耽る為では
なく 普通の生活に於いて 先祖霊を助け 
病難や災難などを回避する意味がある

だから現世で上流生活者に生まれ 享楽に耽り 
徳積みを怠った者は 何も悪い事をしていないと抗弁し
ても 霊界では罪となり 低い霊界に行かされるのである

(7)悪想念

質問者:ハイル禅師 悪霊を呼び込むのは
悪想念も一因だと思うのですが 

私:その通りです 現実界では 不幸や不運は
物質面・肉体面などの形を持って生じます
霊界を信じない人は 運・不運は ただの偶然だと
片付けるが 決して偶然ではないのです

不運・不幸の原因は霊障だが 
さらに自分の御魂を暗く覆うのは悪想念となる

現世では御魂を磨き 徳を積み 
霊層を高めることが人間として生誕した
全ての者の天命であり 
不運・不幸が襲うには襲うなりの必然性がある

それらは全て 前世・前前世等からの因縁によって
定められており 決して偶然ではない

悪霊の存在は 次元が違う為 現実界の視力では
見えません しかし霊能が高い人ならば 
人の霊層がオーラの大きさで分かり
悪霊も守護霊も見える

霊障はどの人も多少の差はあるが ほぼ確実に存在して
おり 自殺・変死・病死・事故死の先祖の不成仏霊等は
因縁の軽い家でも必ず存在している
厄介な事に霊障が強く多い人ほど悪想念を持ち 
素直さがない

自分の不運をただ嘆くのではなく因果の理法を勉強して
原因を理解し感謝の心を持ち 徳積みを継続するように
性格を改善する事が修行なのである

(6)安易な解答

質問者:ハイル禅師 真理の奥深い話を解説されても
理解できない人も多いし 楽に解答を与えるのは 
かえって弊害になりませんか?

私:確かに高級霊のように 努力をしない者に最初から
答えを教えて怠け者にさせない指導が 本当の教育になる
ことは 私も承知しております

ですが 私のブログに興味を持ち 読みにこられている
方は 一定の条件を既にクリアされていると言えます

真理の内容が多い為 動物霊憑依が多い人等は まず
興味がなく読まないし 読んでも内容が理解できない

また楽に解答を得るのが弊害になるとの指摘ですが
自分の人生に於いて苦労や辛酸を舐めて霊的な勉強を
していないと 器がなく 私の解答を見ても咀嚼できず
理解できないのです

さらに霊的な勉強はせずに 私の内容が得心出来る人は
前世が学者・僧侶・官吏・霊能者などの
「無形のスキル」を持つ人に限られる

奥深い真理の話は 理解が難しいから無駄なのではなく
釈迦も自分が悟った高度な内容を説法しても当初無駄だ
と考えたが 梵天がそれでも布教せよと言われたのです

結果的には曲解した宗派も出てきたが 自分が精一杯
学問を研鑽して行くと長い年月をかけても次第に正しく
矯正されていきます

(5)島唄

質問者:ハイル禅師 「沖縄の島唄」は 悲しい印象を
受けますが 戦争の悲劇を歌ったモノなのでしょうか?

私:島唄は 沖縄戦の際 ある人が老人に詩を作って
あげたものが 第三者の目にとまり作曲された歌なのです 
*意味は以下のとおり

でいごの花が咲き 風を呼び嵐が来た
(不吉なでいごの花が咲き
 沖縄に米軍が上陸した)

でいごが咲き乱れ 風を呼び嵐が来た
(でいごが咲き乱れる5月に
殺戮は繰り返された)

ウージの森で あなたの出会い
(地上であなたと出会い)

ウージの下で 千代にさよなら
(洞窟で永遠の別れ)

島唄よ 風に乗り 鳥と共に海を渡れ
(島唄よ風に乗り 死者の魂と共に海を渡れ)

島唄よ 風に乗り 届けておくれ 私の涙
(島唄よ風に乗り
 本土に伝えておくれ 沖縄の悲哀を)

でいごの花も散り さざ波が揺れるだけ
(花が散る6月に激戦が終わり 
多くの命が散った)

ささやかな幸せは 泡沫の波の花
(日常生活は無残に消え去った)

*なお この歌は風に乗り 南米で大流行したので 
言霊の偉大さを思い知らされました

(4)善根功徳

質問者:ハイル禅師 善根功徳を積むとは
具体的にどうすれば良いのでしょうか?

私:仏説に於ける徳行は 体施・物施・法施の三つに
分けられています

体施とは文字通り 肉体でご奉仕することであり
神社の清掃をしたり 富士山のゴミ拾いに出かけたり 
道をお掃除したりすることです

物施とは 財物で貧しい人や福祉関係等に貢献すること
であり 病院や神社仏閣に献金する事も物施であります
が 現金の場合は 特に財施とも言います

法施とは お坊さんや宗教家などが正しい真理を衆生に
伝導することであり 神仏の法を代行して施すことです

その他には 絶えず笑顔でにこやかにする「顔施」
書物や絵画に良い念を込める「念施」
良い言霊を物や空間に施す「言霊施」があり 
霊空間に善の元を形成します

大切なことは どれも継続的に続ける事が
肝要であり 一時的では意味がありません

善根功徳と言っても 心が善でなければ 表面上は善行
でも偽善となり効果はなく 酷い場合は逆に地獄に落ち
る事もあります

宗教では上記が教えられるが 教条主義やドグマの弊害
も各宗教にはある為 教祖や教団よりも神の法則である
「真理」が大切なのである

(3)五柱推命

質問者:ハイル禅師 四柱推命ではなく 五柱推命が
ありますが 四柱と比べてどう違うのですか?

私:四柱推命でも 正確に鑑定できれば
八十%以上の的中率となりますが
巷の鑑定では 精度が落ちる事が多い

四柱推命に一柱足すと五柱になるが
生まれた日から十月十日を引いたモノで
体内で受精した瞬間を観る

だから五柱推命の的中率は九十%に及ぶが
先天運と言っても 節分で一年の節が変わる為
お腹に居た期間が 節分の前か後かによって大きく違う

例えば 猿年の二人がいるとして 
二月初旬生まれの猿年と 十二月生まれの猿年では
胎内で受け続けた気が違うのである

二月初旬生まれの猿年は 前年の未年の気を
「九カ月間」お腹の中で受けている為
未年の影響力が強いが 十二月生まれの猿年は
猿年の気をずーと受け続けているからである

さらに五黄土星だったら 
五黄土星の気をずーと受けており
支配者の星である五黄土星生まれでも 
十二月生まれは 特に独裁者の資質を醸成するが
二月初旬生まれはそうでもない

上記の様に五柱で観た場合 受精した年が 
生まれた年と違う事も多いが
それでもオギャーと生まれた瞬間の
九星の星が重要なのである

(2)伴侶との釣り合い

質問者:ハイル禅師 私の彼氏は 頭もよく努力家です
が もし結婚した場合 私と釣り合うかどうか不安です

私:一般的には 自分の霊層と波長が似通ったレベルの
人と縁があり伴侶となるが 産土神や守護霊の導きで
あります 

例外的に怨念霊の導きで伴侶となった場合
例えば妻が真面目な人でも亭主が結婚前とは豹変して 
殴る蹴るや 給料を入れない等もある

また霊層や霊格に大差があっても夫婦となる場合は 
片方が低い方に合わせる形となり霊格の高い方が下がり
ます そのせいか 波長が合わず 幸福なのに離婚した
いと強く望む人がいるが これは守護霊のプラスエネル
ギーに差があるからで妻が五千で 夫が八百の場合 
家老の妻が百姓の夫に嫁いだ形となる為 
先祖間のギクシャクが生じるからである

結婚探しの前に まず自分の性格やスキルを向上させる
努力が必要であり 自分が向上した分だけ 波長が良い
霊層の高い伴侶と巡り会います

だから女性は茶道・華道・料理・洗濯・家事全般が
出来る様に 資格を取るなり努力しなければ 
レベルの高い彼氏から愛想を尽かされる

長い交際でも別れるケースがあるが これは飽きたと
いうより 霊層に差が生じたからである

(1)狐や狸の化かし

質問者:ハイル禅師 狐や狸が
人を化かす事があるのでしょうか?

私:科学が発達してきた現代に於いて 不可思議現象は
錯覚だとか誤認だとか言われがちだが 長い年数
生き延びた狐や狸は妖力や霊力を身に付けるようになり 
人間に化身する表象能力や自分のテリトリー内に
引き込むことによって異次元に引き込むことも
できるのである

現在でも 日頃通う通学路などでも迂回して山道を通ると
同じ場所をぐるぐる回らされたり 車で京都の山間部など
に行くと霊道スポットに入ってしまい やはり同じ場所を
ぐるぐる回らされる事がある

こういう時は焦らずに車を止めて深呼吸して一服するか 
手で拍手するか 普段とは違うが冷静に行動ができれば
異空間である四次元から抜けられるのである

稀に同じ場所を山間部でぐるぐる回っていると狐のお面
をつけた人間が数十人前後で現れることがあるが
無論人間ではない為 百メートル先を歩いていたのに
一瞬にして自分の車の前を横切ることもある

特定の霊のテリトリーに入った場合や いくつかの条件
が成立すると霊道に入ることがあるが そういう時は
焦らずに車にせよ 徒歩にせよ 一度止まって落ち着く
ことが肝要であります

はじめに

現代社会に於いては 物質的にはある程度
満たされるようになってきたが 
現代人は真理に疎く ほとんどの人は 
仮の肉体や現実の目に見える物しか
信じようとしない

我々の本体は「霊」なのであり
肉体は一時的な借り物なのである
多くの人が過信する科学も医学も
未だに発展途上の過渡期であり 
万能な手段になりえず 未解明な部分が多い

特選ハイル語録では
この未解明な部分に特に焦点を当て
あらゆる不幸や災難の原因を
適切かつ明確に解説しており 
合わせて解決する手段も掲載させている 

本書を読むことで あなたがたが正しい神霊知識を
会得され 即実践し 大いなる運命の改善と福徳の
享受を祈る次第である

おわりに

本書を忍耐づよく完読して頂いた皆様は
驚愕の真実に驚かれた事だと思います
私の内容が嘘偽りでないことは 後日 読者自身が
勉強されると明らかになるでしょう
 
また独自に深く学問を研鑽された方や
霊感の高い方 或いは私と同じく奇跡体験や
不思議現象を体験された方は 一定の理解と得心が
得られた事だと拝察しております

本書の内容を正確に読まれて理解できた方は
輪廻転生に於いて深い学問の研鑽を修得されてきた
方です その為 霊性の向上により本書と御縁ができ
興味を持って頂けたのです

最後に読者の皆様が本書から
いくつもの人生のヒントと解決法を掴みとって
下されば 著者として これに勝る喜びはない 
皆様の幸運を心から祈る次第である

(99)易占霊界

質問者:ハイル禅師 易占霊界の詳しい解説を
お願いします

私:信じた通りに結果が出る「易占霊界」が存在する事
は易占の奥義を極めた方なら 経験則で分かる人もいる
ようです

例えば「暦の議論」で二つのセクトが争うとします
一つの流派は今使っている暦は数日のズレが有ると主張
し 別の流派はこれで正しいと主張します

実験をした人が居て この二つの流派にそれぞれ従い 
吉方位に移動したが 結果は「両方」が 正しい事が
判明した

どっちに行っても正しい!?と言う事で霊感で正確に
判断した結果 易占霊界と呼ばれる一種の「人造霊界」に
入っていた事に気づいたのです

信じたら その霊界と感応するのです
だからこの方角が最善で吉方位なのだと確信すると
正しいと言う結果が出る

ただ必死の努力と研鑽で「学理を極め原則に忠実である」
と言う条件が必要であり 素人の思い込みでは 霊界に
感応しません

それだけ人間の想念作用は大きいわけで 例え悪方位でも 
必ず良い事もあるんだと確信すれば そのようになり易い
とも言える

また学理を極める努力をした後 想念世界に人造霊界を
呼び込む話は 易占霊界に限る話ではない

(98)エンゼルの羽根

質問者:ハイル禅師 ヨーロッパ神界のエンゼル達は
同じように見えますが 階級の差などがあるのでしょう
か?

私:徳積みの重要性については 私も再三述べてきまし
たが 端的に言えば 徳積みとは「一陽来復」の事であり
兆しが現れるまで無形の宝を積んでいくわけです

無形の宝を積むことは 孔子の言う「君子は本を務む」
の本に当たる行為であり 無形の宝を積めば積むほど
「幸福の根」が太くなります

幸福の根が太いと天運に恵まれた人生となるが 徳積みが
重なって無形の宝となり 無形の宝が極まると「功候」に
変わります

功候とは神霊から爵位を授かるレベルにある人の事で 
手柄や功績の度数や大きさを示す

ヨーロッパ神界のエンゼルは 一様に同じに見えるが 
厳密には白い羽根の大きさや衣装に違いが有り 
上位の霊層が高い 功候が大きい者ほど高貴なガウンや
イヤリング 金銀ダイヤ等の冠などを付けており
羽も大きいのである 

だから 地位・名誉が現実界よりも厳しく
明確に峻別されている

階級の差はエンゼルの中でも明確に為されているわけで 
生前の愛の大きさや功候等の功しの質量によるのである

(97)運の善し悪し

質問者:ハイル禅師 この世では実力だけではなく
運が必要ですが 此の運の善し悪しの原因は
どこにあるのですか?

私:現世に於ける 運の良い人と運の悪い人の違いは 
明確に断言すると 前世に於ける「「徳積み」」の違い
にあるのです

此の徳積みとは どれだけ人に益する行為をしてきたか
と言う事であり 例えば寺社・仏閣に土地を寄進したと
か 多額の献金をした人 或いは自分の財産を貧しい人
の救済に充てたなどの継続的行為である

前世に良い行いをした者は相応の余慶ある家系に生まれ
て福徳や強運を授かるが 運とは推進剤であり 能力や
技量は実力となる

だから実力があっても運がなければ思い通りに実力を
発揮できず 引き立ても悪いので稼ぎにも影響が出る

運があれば 実力がなくても高収入となり
例え周りが全員事故死しても自分は助かる

大事なことは前世に徳積みをしていないから
ジタバタしても仕方がないと開き直ってはいけない

今からでも遅くはないので諦めずに徳積みに励む事です
慈善団体に寄附するとか 神社に献金するのも良く
例え少額でも継続する事が肝腎であり 運が悪い人は
素直に想念を転換して 実行する事が大事なのである

(96)救霊

質問者:ハイル禅師 一回の救霊で霊障が外れて
どんな病気も治るのでしょうか?

私:霊障に苦しみ あちこちの病院や 宗教団体や 
霊能者を巡ってもダメだった人が最後に駆け込む場所が
観音様が降りた霊能者による「霊おろし」や「救霊」に
なります

期待が大きい人の気持ちはよくわかるが創造神の定めた 
善因善果・悪因悪果の法則は天地の法則であり 
この法則を変えることはできないのである
 *救済のしすぎは不平等になる

従って神仏の恩赦や大愛とは大難を小難にする事であり
悪因縁を縮小することが精一杯なのである

救霊とは不成仏の先祖霊や怨念霊を地獄界上段から
中有界下段というように依頼者の誠と改心の度合いや
玉串料の金額によって霊層を数ランクアップさせるのが
限度となります

数百年来に渡る家伝の劫が霊的借金として現金換算する
と一億円以上になる人が多く この巨額の霊的借金が
三~五万円の一度の救霊で完全に解決する事はないが
それでもびっくりするほど良くなったという報告を
頂いている

災いが最小限に止まり 改善に向かう転機が救霊であり
後は当人の努力や徳積み次第なのである

(95)人生に於ける因縁の影響

質問者:ハイル禅師 因縁とは具体的に どのように
人生に現れてくるのでしょうか?

私:因縁と言う言葉 悪い意味で使われる事が多いが
厳密に言えば善因縁と悪因縁の二種類が有り 
人生の傾向として現れてきます

例えば身体は丈夫だが結婚運が悪いとか 結婚運は良い
が財運が無いなどであり 自分自身が前世で金銭的に人
を苦しめたり 家系の先祖が同様なことをしていると
現世に生まれ変わってから 金銭的に苦しむようになる

家系の先祖が同じでも兄弟姉妹によって 幸福度に違い
があるのは 前世の個人の悪因縁の影響が大きいからで
あり 各自相応の霊障やカルマを持つ上に 家系の劫や
霊障も背負って 人間は生きているのである

非常に罪業が重い場合は家族全員が死に絶えることも
あるが 強力な怨念霊の集団に呪われたからである

因縁とは立て分けされており 前世でお金で人を苦しめ
た人でも 学業が優秀だった人は 現世では非常に優秀
な頭脳を誇りながら金銭的に苦しむ等 徳と劫に分かれ
た人生の傾向となる

善因善果・悪因悪果と言っても 紡がれた因果の糸は
単純なモノではなく 非常に複雑に絡まっており
簡単には割り切れないのである

(94)死後の家族との再会

質問者:ハイル禅師 死後も家族に会えるのでしょうか?

私:現世で密着に縁があり 生活を共にしてきた家族には
深い情が有り 出来れば死後霊界でも一緒に過ごしたいと
考えるのも人情だと思います

現世で縁が有った家族や親戚 或いは親友等は全て前世に
縁があった人たちであり 人間として輪廻転生しながら 
互いに磨き合っている修行仲間です

人は死後 霊界の入り口の幽界に入るが この時点で迎え
に来た家族の霊と邂逅する事はあります 霊の方も肉親が
亡くなった事をある程度キャッチできるのである

ただ下層霊界に入った霊などは自由がないので 霊界に
来た家族の霊と会う許可が出ない場合もある 

また会えた家族の霊と一緒に死後生活ができるかと言えば
ほぼ無理である

なぜなら 死後の霊は生前の功罪の裁きを受けた後
自分の魂のレベルに合った霊層界での修行となるからです

生前の家族との生活は別になる為 霊界でも 自分の
霊層界で修行する為の家族を新しく持つ人が居るが
来世は生前の家族や霊界での家族とまた縁が有る為 
必要以上に悲しんだり 家族に執着する事はない

例えば 現世息子の自分が来世母親になったり
現世母親が来世息子になったりします

(93)霊的な爵位

質問者:ハイル禅師 守護霊様の中にも如来や菩薩など
の天の爵位を持つ霊が居ますが 人間にも霊的な爵位が
あるのでしょうか?

私:守護霊の多くは 僧侶等で生前に信仰を全うされた
人達であり 死後霊界に入ったあとも 発願により百年
ほど修行を積み 守護霊の免許皆伝を受けるが その中
でも特に優秀な守護霊は「天の爵位」を授かるのである

天の爵位を授かった守護霊の呼び名は @@観音・
@@如来・@@菩薩と付くが 彼らは守護霊の中でも
指導者霊格として 特に社会的に活躍が大きい人や
真理に造詣が深い子孫を守護されている

生前かなり修行された僧侶でも自在性が足りず 真理の
深い研鑽も足りないから 霊界でさらに磨きをかける

人間も守護霊も「天の爵位」は同じであり 
生きていながら 菩薩位⇒如来位⇒神位の人もいる

菩薩位の人とは 自分を磨き徳積みを継続されている人
で真理の話が理解できる高い知性と霊的咀嚼力を持つ
人間であり 私の語録が全部読めて 正確に理解できる
器の人は該当します

人間の爵位の場合 神位の霊能者に鑑定してもらえば分か
るが 大企業の社長でも 透徹した信仰心を持ち富を善用
して社会貢献が大きい人は自然と如来位クラスに到達して
いる人もいるのである

(92)殴られる理由

質問者:ハイル禅師 僕は父親にガンガン殴られます
警察に行くほどではないですが これも前世のカルマ
でしょうか?

私:子供をガンガン殴る父親の特徴だが短絡的で思考力
が低く すぐカッとくる心が狭い独善的な人物が多いが
ガンガン殴られる息子との相性も悪い傾向にあります

すぐ手を上げる父親自身 息子を言葉で説得する知能を
持たず未成熟な人間が多く 息子に非が無くとも 言い
がかり的に殴るが 息子がナヨナヨしている様に映るか
らである

霊的な原因は 父親に憑依している怨念霊や動物霊の
影響と息子に憑依している怨念霊の影響がありますが
短絡的な思考の乱暴者には特に動物霊の影響が強い

息子には怨念霊が憑依している為 父親に殴られる人は 
学校のいじめに遭い易く 職場でも上司とうまくいかな
い人が多い傾向にある

確かに四六時中殴られる息子には前世のカルマの影響で 
怨念霊障があるのだが 自分が成人するにつれて
動物霊憑きの父親の暴力は次第に減っていきます

動物霊憑きは弱者に強く出るからであり 解決手段と
しては 父親の霊障を遠隔救霊で外し 息子も救霊を
受けることで劇的に父親の暴力を減らす事ができます

(91)生まれた理由

質問者:ハイル禅師 人間は前世のカルマを抹消する為
に生まれてくるのでしょうか?

私:巷の宗教家や霊能者の中には 人間は幸福になる為
であるとか 前世のカルマを抹消する為に生まれてくる
と言うが 消極的かつ最低限度の捉え方でしかなく 
本質的にはもっと遥かに高い次元の理由により 
人間は生まれてくるのである

カルマの抹消とは前世の劫の清算の意味だが こういう
側面は確かにあるし 幸福感を持って生きる事も大事
ではある

だが悪いカルマや悪因縁の無い人間は何をしに生まれて
くるのかという疑問が生じるし 一生を幸福だけで生活
を終えるだけなら天国霊界の方が遥かに幸せである

人間が生まれてくる理由とは「魂修行」にあり 
カルマの有る無しに拘わらず 早く修行ができ 
早く聖観音の位に近づけるからである

聖観音とは創造神の化身だが 自在性と万能性を
兼ね備えている存在であり 人間の最終目標は 
此の聖観音と合一する事にあり「神人合一」にある

人間の数十年の人生とは 輪廻転生を繰り返しながら
聖観音の位に上がっていく為の 再生転生のプロセスに
過ぎず 人間とは 霊的観音になる為の天人養成機関の
修行者と言えるのである
ハイル語録厳選


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淡路島渡島船中にて